最近のお買い物に、上野御徒町道明での萌黄色の帯締めと、文京区某所で購入した紫色のピエールカルダン調訪問着がございますが、そうだ、そうだとポンと手を叩き、あたしったら、えり華さんとこでミンサー八寸と綿薩摩をお仕立てに出してたじゃないの、と表参道にまでとりにいく。ここらへんの場面だけ切り取ってみるとどこぞの有閑マダムのようですが、すみません、実際はそんな優雅なもんじゃぁないです。
彼女と店で落ちあい、一段高い畳の上の着尺に囲まれた場所に腰を落ち着かせる。道屯織りのその帯を見せてくださいよぅ、どうです、真理子しゃん、今あなたがお持ちのそのハンドバッグと非常によく似た色合いでしょう、ロートン織りってうっとりするわよねぇ、そっちの紫の琉球織りの着尺も見せてください、あたい一万円ずつ払って手に入れようと思ってるんです、3万にしなさい3万に、などとやっているときに、隅っこに置いてある、着尺を入れる桐の箱が目に入った。その箱には、海島綿と筆で書いてある。
「あの海島綿と書いている箱はなんでしょうか?」
「あっ、あれは見ないほうがいいですよ。
『開けるなキケン』って書いてあるじゃないですか」
さて、ここで、海島綿(かいとうめん)のお話を。
人形町の老舗ハンケチーフ屋さんのお仕事をさせていただいてますが、先日そこの展示会に行って参りました。紳士ものハンカチ売り場で、高級リネンのハンカチや、海島綿のハンカチを見させていただきました。「触ってください、触ってください」と何度も現場で勧められたので手にしてみたら、これが、すばらしい手触りなのです。赤ちゃんのほっぺたみたいなんです。
海島綿はシーアイランドコットンとも呼ばれ、西インド諸島でしか作れないもので、「クィーン・オブ・コットン」、綿の女王と呼ばれているそうです。その繊維は細くとてもしなやかで、年間の生産量は綿全体の十分の一、人が一日で採れる量はシャツ10枚分。詳しくは協同組合西印度諸島海島綿協会さんのホームページをご覧いただくとして、あなた、まぁ、指ってのは本当に正直なもので、私のようにどんなに雑な感触の指先の持ち主でも、この布がどれだけ希少なもので、どれだけ素晴らしい繊維なのかはわかるものなのです。綿薩摩を初めて触ったときもズガビーンと背中に稲妻が走りましたが、それと同じくらい、なんて気持ちのいい織物なのだろうと、その展示会場でうっとりしたものです。
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別珍のコート、若奥様みたいでかわいかった。でも今季の着物予算を使い果たし、パウエル国務長官に怒られたのでここらへんで沈静化 |
ここでえり華さんに舞台は戻る。
「開けるなと言われれば開けてみたくなるのが人情ってもんですよ」とお願いしてその箱をあけていただく。中から出てきたのは、白い細かい細かい亀甲の総絣。恐る恐る触ろうとすると、店主が「あ、触るなキケンとも書いてますよ」と。あぁ、触るなといわれれば触りたくなるのが人情ってもんですよぅ、と指をのばして触らせていただく。
涙が出るほどやわらかいのですよ・・・綿の国の女王様なのですよ。
ただの(といったら大変失礼ですね)亀甲の総絣なのだけど、こんなに美しい白さと柔らかさが布になっているなんて!丸めておくと越後上布のように細い着尺、それだけ繊維が細いということです。(あぁ、うまくかけなくてもどかしい!)
お値段はそりゃアレなんで、おいそれとすぐほにゃららってわけにもいかないのですが、うっとりしてしまいました。相当うっとりしてしまいました。綿の世界は奥が深いですわ。
とりあえず、私は来年夏の夏襦袢を海鳥綿にしたいと思いますわ。襦袢地だとぐっとお手ごろ、3万円代で手にはいるのです。「越後上布の夏襦袢もひやっとしていいわよぅ」と同行の同好の士に言われるのでちょっと悩んではいますが。
あの桐の箱に入った海鳥綿、買っちゃえる人がうらやましいでごんす。店主が「開けるな、キケン!」といったわけがようわかりやんした。確かにあれはキケンな玉手箱でした。
2004.11.16
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